スコッチ製造者に「Just Like Lowland!!」と唸らせた宮城峡蒸留所の景色

連続式蒸溜機

連続式蒸溜機とは、ポットスチルよりも高効率でアルコール生成できる蒸溜機。甲類焼酎の製造や燃料アルコールの製造に用いられるが、ウイスキーの現場ではおもにグレーン原酒の製造に用いられる。

連続式蒸溜機についてさらに詳しく

この原理を考え実現にうつしたのはスコットランドのロバート・スタイン。1826年のことでした。スコットランドの工業は非常に進んでいたのですね。

そしてこの連続式蒸留機の特許をとったのはアイルランド人のイーニアス・コフィ。元税務官です。1830年以降、特許があるスチルということで、連続式蒸溜機はパテントスチルとも呼ばれるようになります。

なお、ニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所で使われているカフェ式蒸溜機は、このコフィが発明して間もない原始的な状態のものが使われています。

スコッチ製造者に「Just Like Lowland!!」と唸らせた宮城峡蒸留所の景色
スコッチ製造者に「Just Like Lowland!!」と唸らせた宮城峡蒸留所の景色。右手側にカフェ式連続式蒸溜機がある。

カフェ式ののちに洗練された連続式蒸溜機は効率的にアルコールを取り出すため、香味成分が残りにくく、グレーン原酒の馥郁たる香りをつくるためには逆効果というわけです。

カフェ式連続蒸溜器は竹鶴政孝の憧れでしたが、非常に高価であったため導入を諦めているところがありましたが、ニッカウヰスキーの親会社にあたるアサヒビールの会長、山本爲三郎の提案により導入が実現しました。

カフェ式連続式蒸溜機によって生まれる原酒は、それまでの中性アルコールに取って代わられ、モルト原酒とあいまって複雑でマイルドな味わいを作り出すことに成功し、「新ブラックニッカ」を皮切りに日本に「ソフトウイスキー戦争」というものを巻き起こしました。

ブラックニッカ・ブレンダーズスピリットのボトル。高級感がある。
こちらはブラックニッカ・シリーズで伝説となったブレンダーズスピリット。ウイスキーの歴史を更新しつづける。

なお、このカフェ式連続式蒸溜機で作られる

といった銘柄は世界的にも軒並み高評価を得ています。

ちなみにアイルランドではイーニアス・コフィは「最も皮肉な男」というジョークがあります。

いわく、「元税務官でありながらウイスキー蒸留機の特許をもち、コフィ(=caffey)という名前でウイスキーに発展をおこし、アイルランド生まれでいながらアイリッシュウイスキー衰退の原因を作った」というわけです。

グレーンウイスキーはアイルランドでは評価が悪く、スコットランドの特にローランドで積極的に使われました。

これが後にスコッチ・ウイスキーのブレンデッド・ウイスキーの隆盛を生み、アイリッシュウイスキーがスコッチに水をあけられる衰退の一要因となったわけですね。

ところで、こうした連続式蒸溜機は当然、日英同盟後の日本にも入ってきていました。ことに、1911年、関税自主権回復後の日本においてはアルコール製造の内製化が進み、連続式蒸溜機は活躍しました。

日本に入ってきた当初は、すでに発明されてから80年近くたっていたカフェ式蒸溜機よりさらに進んだイルゲス式連続式蒸溜機が入ってきていました。

しかしこのイルゲス式連続式蒸溜機も、飲用のアルコールを製造するという観点では課題がありました。というのは、熟成されていない蒸溜酒にあらわれ悪臭ととらえられるこの多いフーゼル油(=高級アルコール)が残ってしまうからです。

そこで改良を加えたのが、摂津酒造にて阿部喜兵衛とともに竹鶴政孝をスコットランドに送り出した、あの岩井喜一郎です。

摂津酒造の跡地は、大阪府の神ノ木駅の団地になってしまった。公演の一角にうず高く盛り上がるのは取水口の跡。
摂津酒造の跡地は、大阪府の神ノ木駅の団地になってしまった。公演の一角にうず高く盛り上がるのは取水口の跡。

『日本のアルコールの歴史』によると、連続式蒸溜機によって得られたアルコールを「新式焼酎」として売り出したのは日本酒製(株)であったようですが、それにフーゼル油が入っていることによる香味の減退を改善したのです。

具体的には、連続式蒸溜機の塔の間(岩井喜一郎は塔の三段目と述懐)に精留塔をつけるのです。つまり、水を添加して、水に溶けにくい性質をもつ高級アルコールを分離するという至極簡単なしくみなのです。

岩井喜一郎はこれをボーム式と呼んでいたそうですが、岩井式と呼ばれることもあり、これで作られた焼酎は大変に評判が良かったそうです。

竹鶴政孝は『ヒゲの勲章』でも、「摂津酒造は岩井さんが開発した連続式蒸溜機によって高品質なアルコールを作っており、それを混合して作るイミテーションものの洋酒の品質もずばぬけていた」といった趣旨の発言をしています。

岩井喜一郎が連続式蒸溜機を改良し摂津酒造の発展を押し上げなければ竹鶴政孝の入社もなかったでしょうから、日本のウイスキーの歴史は今とはずっと違っていたものになっていたかもしれません。

ウイスキーといえばポットスチル(単式蒸溜器)の印象が強くありますが、実は連続式蒸溜機は深く歴史に影響を与えているのですね。

岩井喜一郎設計のポットスチル第一号と第二号。ストレートヘッド型、下向きラインアームでヘヴィな原酒を作った。
岩井喜一郎設計のポットスチル第一号と第二号。ストレートヘッド型、下向きラインアームでヘヴィな原酒を作った。

さて、話を現代に戻します。

日本のウイスキー会社の走りであるサントリーは、グレーン原酒製造は知多蒸溜所にて行っていましたが、香味をよりふんだんに残すカフェ式連続式蒸溜機がサントリー白州蒸溜所にも導入されたとの噂があります。

また、キリン社の富士御殿場蒸溜所では、ポットスチルで作られるモルト原酒よりもむしろグレーン原酒のほうがフィーチャーされる傾向がありますが、なかでもマルチカラム式蒸溜機と呼ばれるものはいわゆる連続式蒸溜機で、これがライトでクリーンな原酒を生むのに寄与しています。

右側にマルチカラム蒸留器、左側にダブラーとケトルがあるそう。
右側にマルチカラム蒸留器、左側にダブラーとケトルがあるそう。

このように、とみに脇役と思われがちな連続式蒸溜機は、世界のウイスキー事情にとてつもない影響を与え続けています。今後のさらなる技術発展と新しく生まれる銘柄に期待したいです。

この記事のURLとタイトルをコピーする